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それぞれの個性を認め生かしあって一緒に目標を実現していく「協働」。栃木県総合計画の中で県民との協働による県政の推進が掲げられ、県内にも様々な団体等によるそうした協働の事例はたくさんあります。今回はその中でも、現在の那須野が原博物館の前身である西那須野町郷土資料館開設当時から現在まで25年余りの長きにわたって続いている「石ぐら会」と「那須野が原博物館」の協働事例から、協働のキーポイントを探ります。
■協働のはじまり
地域文化を育てるボランティア団体「石ぐら会」
石ぐら会は、1982年に西那須野町郷土資料館が主催した案内ボランティア養成講座の受講者たちによって教育関係団体に対する案内活動を行うことを目的として発足した。
今年で25年目を迎え25名の会員で活動している。発足当初は展示室での説明が主であったが、学校からのニーズにより子どもたちへの開墾作業の体験や生活体験を指導するようになった。このような活動の中から展示資料を解説するための学習用の資料作りに発展し、現在までに3冊の資料が生み出された。さらに資料館が専門的な講座を開くなか、入門的な講座をとのニーズを受け、新入会員の獲得もかねて独自に自主講座を開催するなど、施設ボランティアの枠を超えて地域文化を育てる団体として活躍している。
地域とともに歩む「那須野が原博物館」
那須野が原博物館の前身である西那須野町郷土資料館は、「那須野が原の開拓」を主なテーマに1977年に開館。旧三島農場内にあった三島別邸を移築・活用したものである。開館当初は多くの小学生の案内を学芸員一人で対応していたが、来館者が特定の時期・期間に集中し、学芸員一人では対応しきれない状態となったことから、資料館主催による案内ボランティアの養成が始まった。
この資料館活動を継承し、「那須野が原開拓と自然・文化のいとなみ」のテーマのもとに2004年4月、那須野が原博物館が開館。「地域とともに歩む博物館」を理念に、地域で活動する様々な団体に活動の場を提供し、各団体の自主的な活動を尊重しながら、その成果を博物館の事業に反映させている。
■協働の内容
1 学校支援活動・・・来館した児童生徒への案内、解説と体験学 習の指導、援助。
@館内の案内、展示解説
A体験学習プログラム(野外、体験活動室)
・疏水の水を運ぶ「水運び」と「モッコかつぎ」
・石臼で大豆を挽く「きなこづくり」
・昔の服、昔の遊び(紙ヒコーキなど)
2 学校への出張授業、学校行事への支援・・・学校の要請に基づいて会員が学校に赴き、講話・体験学習の指導、援助を行う。
3 講座の開催・・・2000年より毎年「那須野が原入門講座(案内ボランティア入門講座)」を開催。
身近な地域の歴史を分かりやすく解説し、新たなボランティアの養成も行っている。
4 出版活動・・・会の自費出版。現在まで3冊発行。会の活動、学習の成果の結集。
・那須野が原ガイドブック(1988年初版3,500冊2版3,000冊)
・那須野が原歴史探訪(1999年3,000冊)
・石ぐら会20年の歩み(2003年500冊)
石ぐら会の名前の由来
「石ぐら」とは、開墾で出た石を集め、積み上げた石塚。開拓の副産物であり、開拓の象徴的なもの。時代を追うとともにどんどんなくなっていくという危機感から、「名前だけでも残していこう」という思いと、「開拓」「疏水」を中心として子どもたちに教えていく会、学習する会ということにちなんで名づけられた。 |
■協働の「キーポイント」
資料館の時代から25年目を迎える博物館と石ぐら会の協働。20年以上続いた協働のキーポイントを博物館の金井館長と石ぐら会の植木会長に伺いました。
互いの信頼関係と情熱が活動の支え
金井館長:博物館としては、子どもたちへの案内・体験活動を石ぐら会に信頼して任せています。心配な時もありますが、いちいち覗きに行ったり見張るようなことはしません。信頼しているからこそ、会員の方は、より良い案内ができるように勉強し直しているというところにつながっているのではないでしょうか。「やらされている」という感じがなく、会員の方が自分を高めていくという姿勢が基本にあるからここまで続いてきたのだと思います。
石ぐら会植木会長:信頼がなくては、協働だけでなく何事もできないと思います。信頼関係なくして会の20年以上の歩みはなかったのではないでしょうか。また、会員は、子どもたちへの解説をするために、裏づけとして絶えず調べたり、学習し続けたりしないとできない、という意識と情熱があります。発足以来、会員はボランティアの本質である「自立性・無償性・公共性・先駆性・自己開発性」をよくわきまえ、嬉々として活動を続けています。住民とともに歩む「那須野が原博物館」の一翼を支え、生涯学習社会における博物館の果たす役割に幾分なりとも貢献することができるよう活動を続けていきたいと思っています。
互いをパートナーとして認め合う
金井館長:石ぐら会は、子どもたちを中心に、(入門講座等も含め)地域に対しての文化活動を博物館という場で実現している自主団体と私は捉えています。「石ぐら会がなくなったらどうしよう」と職員の中で話すこともあります。石ぐら会は、地域とともに歩み、地域に対して文化活動を展開する博物館にとってなくてはならない存在であり、石ぐら会あっての博物館だと思っています。
石ぐら会植木会長:子どもたちへの案内や解説をしていく中で、分からないところは博物館の学芸員さんが親切に教えてくれます。博物館と石ぐら会とは、例えるなら車の両輪といえるのではないでしょうか。博物館あっての石ぐら会です。会員は、絶えず自己啓発に努め、ボランティア活動をさせていただくことによって、知的な喜びや生きがいを感じ、博物館でこのような活動ができることに感謝しています。
〜今後にむけて〜
金井館長:体験の不足・希薄さ、安全性の問題など子どもたちを取り巻く環境が変化し、厳しくなっている中、博物館も一施設としてそれらを補っていく必要があります。当館がどういう機能で地域に貢献し、人的資源(石ぐら会など)をどう地域に活かしていけるかを考えていかなくてはなりません。実際に物を見て、触って、使って感動を覚えてもらうことは、子どもたちが生きていく上でも大切なことだと思います。より多くの子どもたちに感動してもらえるよう、これからも石ぐら会と博物館と地域住民が一緒になって、子どもたちを守り、育ていきたいと思います。
石ぐら会 植木会長:せっかく立派な博物館ができたのですから、これを学校教育の面でもっと利用してくれればと思います。もっと案内の仕方や内容などの研修をし、都合のつく限り外へ出ていって体験学習の機会を子どもたちに提供し、多くの人に来ていただけるよう博物館と一緒に努力したいと思います。また、旧西那須野町をはじめそれぞれの地域性の垣根を取り払い、博物館に対しての協力の輪が少しずつ那須野が原全域に広がっていけばよいと思います。
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那須野が原博物館の前身である西那須野町郷土資料館で、子どもたちの対応を一人でしていた学芸員は、現在の博物館の館長さんでした。石ぐら会発足時から長い時間をかけてお互いの信頼関係を築き、20年以上一緒に地域の文化活動を支えてきました。その信頼関係の上に、発足より続く石ぐら会の自主的なボランティア活動があり、地域文化を担ってきました。「車の両輪」ともいえるその強固な信頼関係こそが博物館と石ぐら会との協働を生み出し、地域の文化活動、生涯学習の核となっているのではないでしょうか。 |
この内容は情報誌「ぽ・ぽ・ら」2006年5月号に掲載したものです。 |